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フェイク 第1589号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月31日(木)22時50分34秒
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  (発行=17.08.31)

師弟不二こそ法華経の兵法の要
「慧妙」に掲載の渋谷照夫の戯言を斬る ㊦
師の言葉を歪曲し退転の口実にした原島嵩

日蓮正宗と学会との問題が起こった第一次宗門事件の時、反逆した原島嵩(元
教学部長)が、極悪ペテン師の山崎正友を介して時の日達法主に次のように言
わせた。

「『あの人が師匠だから、あの人が死んで地獄に落ちたならば自分も地獄に落
ちても良い』などと言っている人が有りますが、これは大変な間違いでありま
す。法華経にはそのような考え方は有りません」

だが「そのような考え方」が御書に明記されている。

日蓮大聖人は四条金吾に与えられた「崇峻天皇御書」に次のように記されて
いる。

「返す返す今に忘れぬ事は頸切れんとせし時殿はともして馬の口に付きて・
なきかなしみ給いしをば・いかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地
獄に入り給はば日蓮を・いかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひま
いらせ候べからず同じく地獄なるべし、日蓮と殿と共に地獄に入るならば釈迦
仏・法華経も地獄にこそ・をはしまさずらめ」

刑場に向かう途上、 大聖人が乗られた馬の手綱に縋り付いた金吾は嗚咽し、
殉死の覚悟であった。それに関して、大聖人は金吾が地獄に行くならば、釈迦
仏の言葉に逆らっても弟子の金吾と共に地獄に行くとの仰せであり、師弟不二
の姿だ。

法華経に殉じた大聖人、その弟子の金吾が共に地獄に行くならば「地獄即仏
界」の原理を現ずると断言されている。渋谷には理解できないだろうが、「師
弟相違せばなに事も成べからず」で、師弟不二の精神こそ法華経の兵法の要で
ある。

現在の世界広布の潮流は、学会の初代会長・牧口先生、二代・戸田先生、三
代・池田先生の創価の三代会長に貫かれた師弟不二の精神が源流になっている。

この広布の師が地獄に堕ちることは断じてないが、師弟の道を踏み外した者
は皆、堕地獄の現証を示した。

その代表が、この戯言を言い出した原島嵩だ。昭和三十五年五月四日、池田
会長は就任の翌日、原島理事長(嵩の父)宅を訪問。当時、男子部班長だった嵩
に「弟子は師匠が地獄に行くなら自分も地獄に行くという決意、実践があって、
初めて師弟なのだ。君にその心があるか?」と問うた。

 当初、原島は「私は嬉しかった。先生の弟子に加えて頂けるかと思うと、涙
が出てきて仕方がなかった」と述べていたが、後年、師の指導を故意に歪曲し
て退転の口実にした。死者に鞭打つようなことは書きたくないので真実の一端
を記し、後世への戒めとする。

原島は五十代の時に重症の眼底出血、六十歳で硝子体出血。糖尿性網膜症、
白内障に脳神経も患って平成十六年に両目は失明状態。また糖尿性腎症で一日
三回、自分でインシュリンを注射し、晩年は人工透析を続け、肝臓病も肝硬変
の直前まで進行。不安神経症、うつ病、狭心症に加え、平成十七年に二度の脳
梗塞。その後遺症で言語障害になり呂律が回らず、左手と右足には麻痺が生じ、
食事もノドを通らない苦しみが続いた。

更に、腰の褥瘡(じゅくそう)に八年間も苦しみ、三度の手術は全て失敗。
左の耳の鼓膜には穴が空き、右耳は老化が進んで聞こえない状態。パーキンソ
ン病も患い平成二十年七月、六十九歳で死亡した。


 
 
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