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フェイク 第1588号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 8月31日(木)22時33分28秒
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  (発行=17.08.30)

「師は針の如く、弟子は糸の如し」
「慧妙」に掲載の渋谷照夫の戯言を斬る ㊤
広布大願に向かう死身弘法の決意と実践

日蓮正宗の法華講員の間でも不評の「慧妙」など殆んど読んでいないが、昨
日、たまたま見た八月十六日付で教育評論家と称する渋谷照夫が学会の師弟関
係について「滅私奉公」等と批判しているので、簡潔に反論しておくことにす
る。

 渋谷は聖教新聞社に在職していた約五十年も前に聞いたという「師匠は針、
弟子は糸だ」等の指導を曲解して、今頃になって蒸し返して誹謗している。

これは退転し反逆して死んだ原島嵩(元教学部長)の戯言の受け売りである。

渋谷が同新聞社に在職したのは昭和四十五年から僅か約三年間。渋谷は「慧
妙」では元論説委員と称しているが、当時を知っている人たちの話によると、
役職は副主任か主任になったばかりだったという。

個人攻撃は好まないので詳しいことは書かないが、渋谷は在職中も学会に批
判的で、親しい友人もおらず、暗く陰湿な感じで常に孤立していたとのことだ。

さて、渋谷は「慧妙」に次のように書いている。

「『師匠は針、弟子は糸だ。だから例え師匠が地獄へ行ってもついて行くのが
弟子の生き方だ』これでは、仏法を利用した『滅私奉公』ではないか」「心の
中で『こんなバカげた師弟関係を押し付けるなよ。独裁者の師匠なんて、こち
らから払い下げだ!』と叫んだ」と。

この後、渋谷は「後日、私と同感の社員もいたことが分かって安堵した」と
記しているが、この「同感の社員」とは、この話を言い出した先述の原島嵩だ
ろう。

「師は針の如く、弟子は糸の如し」とは、言うまでもなく、導いてくれる師に
従うことの重要性を意味している。決して「バカげた」教えではない。布を縫
うには針と糸が一体になることが不可欠で、師の針が導き、弟子の糸は師から
離れることなくついていくことで布を縫うことができる。

師弟不二の戦いで
築いた学会の発展

ここで言う「師匠が地獄……」云々とは師弟不二を意味しており、師弟が禍
福を共にして広布大願に向かう不退転の決意、死身弘法の実践を指している。

師弟の絆は同じ目標に向かって同じ心で戦い、師が苦悩している時は共に苦
しみ、共に戦い抜くことだ。

日蓮正宗の坊主共が口にする「塔婆供養しないと地獄に落ちる」というよう
な信心利用の言葉ではない。

戦時中、理事長の戸田先生は初代会長の牧口先生と共に逮捕され、他の弟子
が保身に走るなか、戸田先生は最後まで不退転を貫いたことは周知の事実だ。

そして「あなた(牧口先生)の慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れて行って
くださいました」と〝地獄のような牢獄〟にお供できたことを師に感謝された。

これが学会の師弟不二の姿である。利己主義の者には理解できないだろう。

また戦後、戸田先生(当時は理事長)が会社の倒産、経済苦で学会の理事長を
辞めるなど〝地獄の苦しみ〟の時、他の弟子が去っていくなか、青年時代の池
田先生は唯一人で戸田先生を守って戦い、第二代会長の就任に漕ぎ着けた。更
に七十五万世帯の悲願を達成したのをはじめ師の構想を悉く実現したのだ。
(つづく)

 
 
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