teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

新着順:3/1216 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

フェイク 第1597号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年12月 2日(土)23時57分37秒
  通報
  (発行=17.12.02)

日蓮正宗の名称は要法寺の案を盗用
第百回忌を迎える五五世日布の謗法行為
日布が国柱会の幹部らと御開扉、挨拶も

日蓮正宗の機関紙「大白法」十二月一日付で大石寺第五十五世日布の「第百
回遠忌(平成二十九年三日・四日)を迎えるに当たって」という記事を掲載して
いる。日布の死は大正八年だから「大白法」の見出しの「平成二十九年」は間
違い。正しくは平成三十年である。

 同紙は日布の事績を紹介する中で独立への軌跡を書いている。明治五年に日
蓮各派は「日蓮宗」として統合され、同七年に「勝劣派」、同九年二月に大石
寺一派は京都要法寺や保田妙本寺などと共に「日蓮宗興門派」として括(くく)
られ、その後、日布(写真)が分離独立を内務省に願い出たが認可されなかった。

同三十二年に日蓮宗興門派は「本門宗」に改称。翌年九月には分離独立が認
められて「日蓮宗富士派」と公称し、同四十五年に富士派から今の「日蓮正宗」
に改称するに至ったことを述べている。従って、現在の日蓮正宗になってから
は僅か百五年に過ぎない。

しかも、日蓮正宗という名称は京都要法寺の僧が考えたものである。明治十
一年、日蓮宗興門派が改称を検討することになり、興門諸山から意見を集めた
際、要法寺が日蓮正宗という名称案を出してきた。

因みに他の案は本門正宗(蓮山)、本門宗(遠山、豆山、房山)、日蓮本門宗(西
山)で、大石寺だけは現状の日蓮宗興門派の案であった。そのため「大石寺の
如きは現状維持説を答え多数説を敢えて否むものに非ずと首鼠両端の態度に出
づ」と、ぐずぐずして、決めかねていたと記されている。

要法寺の案を盗用しておきながら今では坊主も法華講員も「唯一の正系門下
だから日蓮正宗と公称している」等と自慢する厚顔無恥な邪教団である。

「慧妙」が宗門の
見解と反対の我見

ところで、日布は国柱会幹部や未入信の宗教学者らと共に御開扉。終わった
後、日布は「各々ヨウコソの御登山、佛祖三寶も御滿悦のことゝ存ずる。……
各々が無始以来の罪障消滅現當二世の所願滿足と厚く御祈念申上げました。南
無妙法蓮華經」(「大日蓮」昭和十年三月号)と挨拶した。

かつて、この日布の謗法行為を学会側が指摘すると「慧妙」は次のような邪
見を書いていた。「謗法者の御堂への参詣自体を禁じてはおられない」「戒壇
の大御本尊が広宣流布の時至るまで秘蔵の形をとり公開されていないのは、い
まだに邪宗・謗法の者多く、それらの者の手から大御本尊を厳護申し上げるた
めであって、何も謗法者に拝ませてはならないから、という訳ではない」(「
慧妙」平成五年十一月一日付)

この「慧妙」の出鱈目な我見を当時の宗門の法義研鑚委員会(委員長は大村
壽顕)が一刀両断した。

同委員会は宗内教師各位への「通知」として「一閻浮提総与の御本尊といっ
ても邪宗邪義の輩に礼拝を許すわけがない。これは宗祖大聖人の御教示であり、
宗門七百年の鉄則である」と。

 一事が万事、低劣なウソを書くのが「慧妙」なのだ。


 
 
》記事一覧表示

新着順:3/1216 《前のページ | 次のページ》
/1216