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フェイク 第1595号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年11月11日(土)12時20分4秒
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  (発行=17.11.09)

「連綿と続く血脈相伝」は幻想
日如の講習会での間違い講義を正す ㊦
相承詐称の日顕が「血脈の断絶」を明言

日蓮正宗・法華講が折伏に行き詰まって四苦八苦している。そのため、早瀬
日如が「思うに、今、私どもは、大聖人・日興上人以来、連綿と続く血脈相伝
に基づく正しい信心をしていることを心から喜ぶとともに、血脈を否定して完
全に異流義となった創価学会の謗法を破折し、多くの学会員を救っていかなけ
ればならないと痛感する次第であります」(「大日蓮」十一月号)と、学会員に
対する勧誘を煽っていた。

 この「連綿と続く血脈相伝」とは史実とは全く違う、真っ赤なウソである。

実際は、第三祖日目上人の死後、早くも日郷と日道との間で長年にわたる激
しい抗争が続き、以来、約七百年の間には宗門が自慢するような「一器から一
器へ一滴の水も漏らさず」というものではなかった。

或る時は器から水が漏れ、または枯渇し、さまざまな軋轢(あつれき)も生じ
て大石寺が無住の期間もあった。

在家の者が相伝を取り次いだり、稚児法主の誕生とか、相承もしないで遁走
した法主などもいた。

更に、約百年間にもわたって京都・要法寺から法主を迎えて、大石寺が要法
寺流の邪義に染まってしまった時代もあった。

そして遂に大石寺の「唯授一人の血脈相承」が決定的に途絶えたのが、第六
十六世日達法主が相承をしないまま心筋梗塞で急死した昭和五十四年七月二十
二日である。

この日、阿部信雄(日顕)が相承詐称を思いついて、受けてもいない相承を平
気な顔で「相承に関する甚深の話を承った」旨、自己申告した。

だが、その証拠は何もなく、一人の証人もいない。ここで断絶した血脈は、
当然、日如には流れていない。

 この相承詐称の日顕自身が法灯連綿を否定する「血脈断絶」が持論なのであ
る。

日顕が本行寺(東京都墨田区)の住職であった昭和三十三年、教区内の末寺の
御会式に向かう途中、同行の所化を誘って食堂に入り、これから御会式に参加
するというのにビールを飲みながら〝宗門の歴史の中には血脈が切れているこ
ともあるんだ〟等と発言したことがある。

その時の会話は次の通り。
日顕 お前は、血脈というものが切れたら、どうなると思う?
所化 いけないと思います。

日顕 君はそう思うか。そりゃ、しかし宗門の歴史の中には、そういうことが
あるんだよ。
所化 あるって言いますと……?

日顕 歴史の中には切れたような感じもあるんだよ。要は「内容」なんだ。血
脈が切れたって別段いいんだと俺はそう思うが、お前はどう思う?

この時、日顕の「血脈断絶論」を聞いたその所化は、余りの衝撃の大きさに
当時の状況を今も鮮明に記憶しているという。

 日如の言う「大聖人・日興上人以来、連綿と続く血脈相伝」とは幻想による
作り話で、血脈は途切れていたというのが真相なのだ。

学会が邪宗門と決別した直後、当時の教学部長・大村寿顕(日統、故人)ら時
局文書作成班が「時局文書」を乱発して「血脈法水が断絶したならば日蓮正宗
が滅びる」と強弁していたように必ず滅びるに違いない。


 
 
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