teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

新着順:30/1213 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

フェイク 第1568号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 2月 9日(木)10時08分47秒
  通報
  (発行=17.02.08)

坊主が率先して身延派の寺巡り
日興上人の離山の精神に背く行為

教徳寺の移転法要で日如は謗法を破折せよ、と力説していたが、大石寺は謗法
の身延派とは昔から〝親戚付き合い〟を続けている。

昭和二十七年に創価学会員が登山するようになってからは表面上、身延派とは
疎遠を装い、特に昭和三十年三月、学会が「小樽法論」で身延派を粉砕して以
来、両派の交流は途絶えたかのように見えていた。

ところが、平成三年に日顕の悩乱によって邪宗と化した大石寺に学会員が登山
しなくなったため、身延派との関係は昔以上に接近した。特に、日顕が平成三
年の七月と十一月、教師指導会で波木井実長を絶賛したことで大石・身延両派
が急接近。両派は平成五~六年頃から相互に登山するなど親密の度合いを増し
たのである。

平成六年になると華王寺、能安寺、信盛寺の坊主と法華講員が鎌倉、佐渡の身
延派寺院への巡拝を始めた。

続いて平成七年の春には仏寿寺の坊主と講員が千葉県の誕生寺、清澄寺など日
蓮宗の寺を巡り、拝観料を払っていたことも発覚。だが、一切〝お咎(とが)
めなし〟だった。これにより、坊主らの身延派寺院への巡拝が盛んになってい
った。

これは「一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ず可けんや」との日興
上人の戒めに違背している。日蓮正宗こそが正法の敵で、供養すれば堕地獄で
ある。

身延派は御本尊を参道の店先にぶら下げ、御守り本尊をカードにして販売して
いる謗法の山である。

本号では日興上人の身延離山の精神を踏み躙る「日蓮正宗と身延派との交流」
の足跡を総括する。

但し、紙数の関係上、恒例行事になっている富士学林の所化の邪宗巡り、及び
定例の「謗法ツアー」などは割愛し、主な邪宗巡り、身延派との交流に限定し
た。

◆平成六年四月二十四日、東京・華王寺(前川日秀、当時は慈肇、故人)がバ
  スをチャーターして身延派の寺巡りツアー。三十人余の法華講員と一緒に前
  川の女房も参加していた。
一行は安房、小湊へ行き、鏡忍寺、清澄寺、誕生寺の順に身延派の本山格の三
カ寺を巡拝し、帰途のバスの中では皆、上機嫌だった。

◆平成六年六月十一日、埼玉・能安寺(水島公正)が「鎌倉研修」を実施。鎌
  倉の大仏、鶴岡八幡宮などの神社仏閣巡り。この日は法華講青年部の一泊登
  山と重なっていたが、大石寺に行かず、この謗法ツアーに参加。また「研修」
  とは名ばかりで、宗門の護国寺が近くにあるにもかかわらず、夜の勤行もし
  ないでホテルに着くと宴会に興じ、翌朝も勤行をしなかった。

◆平成六年十月八日、長野県・信盛寺の落合尊福は法華講員を引き連れて佐渡
  に渡って謗法巡り。貸し切りの観光バスには「信盛寺佐渡順拝の旅」と書か
  れたプレートを付けていた。
身延派の妙宣寺、根本寺などの寺を巡り、講員は賽銭箱に金を投げ入れ、真剣
に合掌していた。

◆平成六年十一月五日、身延派の布教師会一行が大石寺に参拝。それを大石寺
  側が丁重に迎えた様子が身延派の「布教師會報」第二十号に「日蓮正宗総本
  山・大石寺研修参拝記」として掲載された。大石寺を訪れた久遠寺志摩坊住
  職・佐藤順映師は平成四年に「日蓮正宗を門下連合へ」と提唱した人物であ
  る。

この「参拝記」の公表により、身延僧八人の参詣は「大石寺内事部の理事から
の応諾の電話を頂戴」して実現したとか、後日、案内役の大石寺僧から丁重な
礼状が送られてきたなどの裏事情が明るみになった。この身延僧の「大石寺研
修参拝記」は『現代仏教』に「他宗には門戸開かぬ大石寺に柔軟性」との見出
しで掲載された。(左の資料を参照)

この「大石寺内事部の理事」とは小川只道のことで、小川は「(身延の)皆様
の暖かなお心に触れ(略)暖かな気持ちで御案内申し上げることができました
ことを感謝しております」との「礼状」を送ったのだ。

◆平成七年三月十二日、関快道は都内狛江市・仏寿寺の二十数名の法華講青年
  部や女房の貞子らを率いて千葉の誕生寺、清澄寺など日蓮宗の寺巡り。
平成五年の佐渡、翌六年の東北方面に続く三度目の謗法ツアーだった。
(右の写真は千葉の誕生寺に参詣した時の関快道)

◆平成七年六月六日、大石寺に「池上鶴林会」なる団体バスが到着。乗ってい
  たのは池上本門寺の貫首らで、高野日海(当時は東京・本行寺住職、故人)
  が案内役となって本山内を見学させたあと「蓮葉庵」で手厚く接待した。

◆平成七年八月二十日、総講頭の柳沢は阿部信彰が住職をしていた大修寺の法
  華講員約二十人を連れて身延山に参詣、宴会に興じた。

◆平成九年四月十八日、大石寺の無任所教師七人が西山本門寺の虫払いに酒や
  菓子折りなど御供養の品々を持参して参詣した。

◆平成九年五月十・十一日、横浜市の応顕寺住職・舟橋義秀が講員を引き連れ
  て佐渡の根本寺、妙宣寺、世尊寺、妙照寺などを巡拝した。舟橋義秀は帽子
  を深く被り、サングラスで変装。妙照寺の賽銭箱に講員が「チャリーン」と
  硬貨を入れて御供養し拝んでいた。

◆平成九年七月十五日には、身延山の坊主十数人が大石寺と妙蓮寺を訪れ参拝
  した。

◆平成九年八月十七日、東京・宣徳寺(秋元日高、当時は広学)の所化二人に
  引率された講員が鎌倉の龍口寺、極楽寺、収玄寺、妙本寺、安国論寺、妙法
  寺など寺院巡りを楽しんでいた。

◆平成九年九月十・十一日、東京・華王寺(前川日秀、当時は慈肇、故人)の
  一行が「佐渡研修旅行様」のバスに乗り、一泊二日の日程で佐渡の身延派の
  寺院巡り。

 根本寺、妙満寺、世尊寺、妙宣寺、実相寺、妙照寺と日蓮宗の六ケ寺を巡拝。
十日の葬儀を終えた前川は十一日に合流して大宴会。ホテル関係者は「こんな
に酔っ払って大騒ぎする坊さんは初めです」と前川の乱れた姿に呆れていた。

◆平成九年九月十七日には身延僧約三十人が大石寺に参詣。大石寺坊主の案内
  で正本堂などを見学。御影堂内では身延僧が御宝前にて合掌・参拝していた。

◆平成十二年九月二十八日には「身延山大学校」の学生が大石寺に参詣した。

◆平成十二年十二月六日、身延の坊主十七人が大石寺を訪れて客殿や御影堂な
  どを見学し参拝した。

◆平成十四年十一月二十六日にも邪宗坊主二十数人が大石寺に参詣した。

◆平成十六年四月十三日に 身延派坊主が大石寺を訪問、参詣した。
 他にもあるが紙数の関係上、以下は省略する。


 
 
》記事一覧表示

新着順:30/1213 《前のページ | 次のページ》
/1213