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フェイク 第1550号

 投稿者:宿坊  投稿日:2016年10月18日(火)10時34分0秒
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  (発行=16.10.16)

「信心なき僧は速やかに放逐せよ」
戸田二代会長、宗門の堕落坊主を指弾 ②
勤行が嫌いな日顕と日如、末寺住職も

邪宗の新聞「慧妙」十月一日付の連載「変貌した創価学会」で奇妙な戯言を並
べている。紙面の無駄なので詳しくは紹介しないが、前号で簡潔に触れたよう
に「慧妙」は「信仰心をもって唱える題目」とは身延日蓮宗と同じだと意味不
明の非難をしており、信仰心は二の次ということらしい。

日蓮正宗の坊主も法華講員も、肝心の信仰心が無いから勤行・唱題をしない、
折伏が出来ない、功徳が無くて衰退の一途を辿っているという事実に気づかな
いのか?

特に、最近では強制わいせつ致傷事件や女性の下着を盗んで逮捕された末寺住
職が信仰心の欠落を如実に物語っているではないか。

以下は戸田第二代会長の執筆による「寸鉄」である。

一、御僧侶に大法弘通の力がないのは、学問が無いのだとばかり思っていたら
信心が無いからだと判って、びっくりぎょう天。(昭和二十八年七月十日付)

一、僧侶にして信心なしと云わば毛のなき猿が衣をつけた様なものである。(
昭和二十八年七月二十日付)

一、僧の罪とはいずれより起こりたるか、寸鉄居士断じて曰く「信心なきがゆ
えに」と。(同日付)

一、信心なき坊主は御上人様どころか御下人様である。(同日付)

一、寸鉄居士曰く「信心なき坊主は見つけ次第速やかに放逐せられん事を」(
二十八年九月十三日付)

    ◇
 日顕も日如も勤行・唱題を怠けることで知られているが、これも信仰心が無
いからだ。特に、日顕が登座後も「御本尊を信じられない」と語ったのは有名
だが、約四半世紀にわたってニセ法主の座に居座り続けた日顕が、夜の勤行を
したのは昭和六十年春の一度だけだとの元奥番の証言がある。

一方、日如も義寛と名乗って東京・新宿区の大願寺に棲みついていた当時、朝
の勤行に頻繁に通っていた純真な信徒が「導師は住職の義寛ではなく、首の曲
がった若い坊主が代理を務めていた」と述懐する。

改革同盟の渡辺雄範氏も、日如が勤行をサボっていたと証言するが、神戸・法
恩寺にいた冨田慈龍も朝の勤行はしても、夜は晩酌して勤行をしなかったと、
渡辺氏は語る。冨田が夜の勤行をしない理由として「猊下(日顕)も本行寺住職
の時、朝だけしか勤行しなかったんだ」と弁解していた。

また、成田雄伴氏によると、高野法尊は相撲好きで大相撲のテレビ中継を欠か
さず観戦。そのため場所中の夕方の勤行は方便・自我偈もそこそこに唱題はた
った十遍だったとのことだ。

更に、押田雄勤氏が岐阜の経説寺に在勤していた時、住職だった殿原法正が勤
行したのは一年間で十回にも満たなかったと語っている。

同じく植松雄増氏が茨木の安住寺に在勤していた時に菅野修道の娘(当時は小
学生)に一緒に勤行した方が良いと話したら、菅野に「勤行なんか、させなく
ても良い」と言われたという。

これが宗門の坊主、寺族の実態で、本尊があっても信心がなければ豚に真珠、
猫に小判だ。但し、大御本尊は日顕が既に「偽物」だと鑑定したのは周知の事
実だが、ニセ法主が模写したのも全てニセ本尊である。


 
 
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