teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

新着順:54/1213 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

フェイク 第1545号

 投稿者:宿坊  投稿日:2016年 9月16日(金)10時25分35秒
  通報
  (発行=16.09.15)

「法主本仏」の妄説で衰退の一途
僧俗共に堕地獄必定の邪宗・日蓮正宗 ④
「日蓮迹仏」の邪義を吹聴させた日顕父子

 日蓮正宗内に「日顕本仏論」「法主絶対主義」が横行し、日蓮大聖人を御本
仏と仰ぐ七百年来の教義を曲げて法主根本を宗旨とする「日顕宗」へと変質さ
せた背景には日顕の意を受けた能化文書があったことは、本紙前号で詳述した
通り。

 日顕自身も「相承を受けた以上は生身の釈迦日蓮である」(平成九年八月二
十八日の全国教師講習会で)と、受けてもいない相承を受けたと詐称し、その
うえ己自身を「生身の釈迦日蓮」と言い放ったほど狂っていたが、日顕本仏論
を拡大させた陰には愚息・阿部信彰の画策があった。

 法華講員の内田和子や早瀬義純(故人)らに「現代における大聖人様」等と言
わせ、福田毅道には「日顕本仏・日蓮迹仏」の邪説を唱えさせたのも日顕と信
彰であった。

 平成三年八月、行学講習会で、福田は「百六箇抄に『立つ浪・吹く風・万物
に就いて本迹を分け勝劣を弁ず可きなり』とある」として次のような邪義を述
べた。

「これは森羅万象について本迹を立て分けるべきであるということであり『立
つ浪』というのは次から次へと起こっては消えていくものであるから、今起こ
っている浪が『本』で、消えた浪は『迹』と言える。

 風についても、今吹いている風が『本』で、過ぎ去った風は『迹』と言える。
これからすると、大聖人から御歴代は、もう過去だから『迹』で、御当代日顕
上人が『本』と言える」と。「顕本仏迹論」ともいうべき大邪説であった。

 法主を御本尊と一体不二であるとか、信仰の根本にするというのは、法主を
御本仏日蓮大聖人に並ぶ立場に置く「法主本仏論」ともいうべき大邪義である
が、あろうことか、法主を大聖人の上に置く大謗法の邪義を披露させたのであ
る。

 また「大日蓮」(平成三年六月号)に「創価学会における御宗門批判のキャ
ンペーンについて」との一文が掲載された。これは内田和子という信徒が書い
たものだが、二十ページの作文の中に日顕を「現代における大聖人様」だと計
十四回も繰り返している。

 この稚拙な作文が機関誌に掲載された経緯は、ある僧侶の証言によると、内
田和子は青梅・慈本寺の法華講(当時の住職は石橋頂道)で、内田はこの作文
を当初、石橋の所に持ち込んだ。しかし、お粗末な駄文のため相手にされなか
った。そこで大修寺(当時の住職・阿部信彰)に持参すると、それを信彰が「
大日蓮」編集部に持ち込んで強引に掲載させたということだ。

 信彰は「猊下が何を言われても信者は『ハハー』と聞くのが信心で、猊下が
何をされても、それは全て仏の慈悲と拝さねばなりません」「猊下ではなく大
聖人の信徒というなら、もう日蓮正宗の信徒ではありません」と妄言を吐いて
いた。

 更に、高野法雄が法主は大聖人の法門の全てを所持し、御書は法門の部分に
すぎないという「御書部分論」を唱えた。大聖人否定とも言うべき邪説である。

 日顕は腰痛が激化して御本尊の書写ができなくなり、仕方なく日如に譲った
が、これぞ御本仏が日顕の御本尊書写を拒絶された証だ。

 日顕本仏論の邪説を拡大させた日顕父子と、それに連なる者は堕地獄必定だ!


 
 
》記事一覧表示

新着順:54/1213 《前のページ | 次のページ》
/1213