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フェイク 第1543号

 投稿者:宿坊  投稿日:2016年 9月13日(火)11時06分56秒
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  (発行=16.09.12)

「正本堂破壊は悩乱僧のテロ行為」
僧俗共に堕地獄必定の邪宗・日蓮正宗 ②
円融閣の柱が倒れた日に日顕も倒れ入院

 「大白法」(九月一日付)は学会が本門事の戒壇建立を放棄したと非難してい
るが、正本堂を破壊した日顕を批判するのが本筋である。

 正本堂については六十六世・日達法主が昭和四十七年四月二十八日に訓諭を
発して「一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇
なり。即ち正本堂は広宣流布の暁に、本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり」と、
仏法上の重大な意義を明らかにされた二十世紀最高峰の宗教建築物であった。

 この正本堂は学会を主体とした世界八百万信徒及び僧・寺族の供養で建立さ
れた。当時の妙信講(今の顕正会)も供養に参加した。

 鶴が羽ばたく姿を思わせる雄大な正本堂は日本建築学会賞作品賞を受けたの
をはじめ欧米環境設計協会、アメリカ建築家協会、アジア・西太平洋建設業協
会国際連盟からも表彰されるなど数々の称賛を得ていた。

 ところが、平成十年四月五日、客殿の落成式の際、日顕は突然、正本堂を解
体すると発言。約五十億円もの巨費をつぎ込んで六月から解体を始めた。

 この解体作業に符節を合わせて日本列島は天候の異変に見舞われ、これまで
少なかった大型台風が相次いで直撃。また記録的な豪雨で関東、東北などの各
地は甚大な被害を受けた。

 正本堂の解体作業は困難を極めた。周辺は異常な湧水に見舞われ、境内の池
は濁って錦鯉は全滅。「建設は死闘、破壊は一瞬」と言われるが、耐用年数は
千年、マグニチュード9の巨大地震にも耐える設計・構造になっていた正本堂
の場合は「破壊も死闘」だった。

 事実、基礎部分は遂に破壊できず、今の安普請の奉安堂は正本堂の基礎の上
に建っている。

 正本堂の解体は二十世紀最大の損失と言われ、世界の識者や専門家からも反
対の声が相次ぎ、宗派を超えて世界に衝撃を与えた。

 特に、世界の仏教国では「僧は身を挺して寺院を護るのが責務だが、僧であ
りながら自分の宗派の大寺院を破壊した日顕は魔僧だ」「悩乱僧のテロ行為」
等と痛烈に非難された。

解体をモニターで見
て狂喜していた日顕

 この解体に際して「慧妙」は当初、正本堂の鉄筋が腐食し、モルタルが崩落
しはじめた等とデタラメな誤報を掲載したが、日顕は平成十二年一月、老朽化
ではなく〝謗法の塊りだから破壊した〟と発言した。

 だが、これも本音ではない。正本堂破壊の真の狙いは日顕に相承しなかった
日達法主への憎悪と世界広布の指導者である池田SGI会長への嫉妬、加えて
シアトル裁判の法廷での屈辱の報復だったといえよう。

 日顕の弁解のように〝謗法の塊り〟ならば平成三年の段階で正本堂も解体す
るのが筋であるが、学会破門から約七年も経過した時期に破壊を始めたのは、
日顕のシアトル裁判への出廷の時期と符合している。

 日顕は正本堂の解体現場に向けたカメラを御影堂の杉木立の中にセットして、
壊される様子を大奥のモニター画面を見て喜んでいた。

 だが、円融閣の五本の巨大な柱の最後の一本が倒されたその日に、日顕も倒
れて緊急入院した。


 
 
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